液体や固体を伝わる音の速さも広い意味では音速ですが、一般的に我々にとっての音速とは空気中を伝わる音の速さを指し、その単位はマッハ(mach)で表されます。
ほとんど感覚的には無限とも言える光の速さとは対照的に、音速は有限であり、しかも感知可能な程度の速さであることを人類は昔から感覚的に知っていました。
雷光が見えてから音が聞こえるまで間があることの指摘などは紀元前の文献にも記載があったようです。
17世紀になり自然科学の研究が発展してくると、計測方法や時間を測る精度も向上し、さらには音が弾性体を伝わる波であることから音速の理論値も算出されるようになりました。
やがて航空機の時代がやってくると、人々の興味は(軍事的な優位性もあり)最高速度への挑戦へ向けられることとなりました。
レシプロ機による音速突破は理論上不可能に近いとされていましたが、ロケット推進技術の発達により1947年10月14日、人類はついにベルX-1 により音速を突破します。
その後も人類の技術は日進月歩を続け、ついには1997年にはF-4戦闘機のエンジンを2基搭載した車 Thrust SSC により、地上を走る車が音速突破するという偉業を成し遂げたのです。
ソニックブームの影響などを考えるともう脅威としか。
音速の発見から突破まで2000年、人類のあくなき好奇心と探求心には感動せざるを得ません。
えてしてこうした技術は軍事力の向上がきっかけとなりがちですが、技術者の探求心は純粋なもので、夢の探求にはロマンがあります。
この度、ロマンの塊ともいえる巨人の訃報に触れ、この作品を思い出しました。
ロケット技術者を夢見た若者が特攻で散った物語ですが、終戦前に桜花で音速突破したシーンが描かれています。
平和を希求しつつも抗えない人間の性、AI時代にはどのような移り変わりを見せるのでしょうか。
コメント