"No ifs or buts"
「たられば無用」


7月24日、イギリス・メイ首相の後任として就任したジョンソン首相の言葉です。




“We are going to fulfill the repeated promises of Parliament to the people and come out of the EU on Oct. 31, no ifs or buts,” 


GettyImages-516155590-720x457



ECを母体として2009年に設立されたEU(European Union)は、連合内の人、お金、物、サービスに行き来の自由を掲げ、連合内の国々が緊密に結束することで紛争を回避することを目的に設立されました。


しかし、欧州の中でも地理的に独立し、誇り高き民族のイギリスは、移民の流入が自国の雇用に悪影響を与えているなどの理由からEU離脱論が強まっていきました。

そして、2016年6月23日、当時のキャメロン首相が実施したEU離脱を問う国民投票において、賛成52%という結果によりイギリスはEU離脱を決定、2017年3月27日に正式にEUに対して離脱の表明をし、2年後の2019年3月27日にイギリスがEUを離脱することになったのです。

この国民投票の結果をうけ、離脱反対派であったキャメロン首相は辞任し、キャメロン内閣で内務長官を務めたテリーザ・メイ氏が政権を引き継ぎました。


EUから離脱することは、いままでEU内、EU外で締結されている経済協定や安全保障の協定がすべてなくなることを意味します。
(例えば以前紹介した日欧EPAなどがそうですね)

そのため、メイ首相はEU離脱という決定事項に対してEU離脱後のイギリスの立場が対外的に不利にならないよう、様々な交渉や妥協を行わなくてはなりませんでした。

しかし、離脱期限の迫った2018年11月にイギリスとEUの間で合意された離脱後の枠組み、「離脱協定案」と「政治概要宣言」は1月に圧倒的大差でイギリス議会に否認されてしまいます。

この時の、賛成202票、反対432票の差は、与党の政策が議会で否決された歴史上最大票差とされています。

また、この結果を受けて提出された修正案が3月12日にまたも議会によって否決され、さらに3月29日に三度目となる修正案が否決されたところでメイ首相は離脱の延期を再度要請し、10月末を期限として離脱の延期が認められました。


国と国との関係とは、経済連携や人の出入り、安全保障など様々な合意によって成り立っています。

メイ首相は本来望まざる政策決定事項をどうにか実現しようと模索し、政府が国民の決定を裏切らないことに対して最大限努力を行った人だと思います。

議会や国民、双方の声があがることは民主主義として健全と言えますが、あの日国民投票によって過半数を獲得した民意はいったいどこに消え失せたのでしょうか。


ジョンソン新首相は是非もなく10月31日にはEUを離脱することを声高に叫んでいますが、EUはメイ首相との合意事項のみを議論の対象にする姿勢を明確にしており、ジョンソン新首相の就任によってハードブレグジットの懸念が高まったとする見方も強まっています。


合意なき離脱が実際に起こってしまったとき、世界の物流、金融、安全保障にどのような事態が発生するのでしょうか。

「イギリスのトランプ」と揶揄する声も聞かれる中、ジョンソン新首相の動向からは目が離せなくなりそうです。