昨日、7月16日(火曜日)に、江東区有明1丁目のマンション建設現場で不発弾が発見されました。
調査の結果、アメリカ製500ポンド焼夷爆弾(全長126㎝幅41㎝)であることが判明しました。

同じ地域では、4月5日、6月14日にも相次いで同じ焼夷爆弾が発見されており、これで3個目になります。
自衛隊により既に安全処理が施されているため大きな危険はありませんが、信管除去、不発弾撤去には警戒区域を定め立ち入り規制が敷かれて作業が行われます。

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今回の爆弾は、リンクの江東区緊急情報にもある通り、不発弾探査作業中に発見されたとされており、建設作業中などに偶発的に発見されたものではありません。
対象地域すべて調査が完了するまで工事の進行はストップせざるを得ませんが、安心してそこに住むためにはこの機会にすべて発見、処理していただきたいと思います。


該当する場所は有明スポーツセンターの目の前、ヤマト東京主幹に隣接する空き地ですが、この辺りはお台場含めほぼ新しい埋め立て地であるはず。

昭和20年頃にすでに陸地だったのか疑問に思い調べてみたところ、どうやら
昭和10年の地図には「工業地区」と計画されており、昭和18年時点ですでに埋め立てられていますので、何らかの施設があったにちがいありません。

昭和20年以降の地図ではまた海に戻ったりしているのですが、おそらく戦後の混乱期のためソースデータが焼失したり混乱していたのでしょうか。
間違いなくそこに昭和20年の物体が埋まっていたのですから、地面であったことに間違いありません。

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八紘測量開発株式会社 東京の古地図 より引用させていただきました。


500ポンド焼夷弾とは、M69焼夷弾という全長50㎝、直径8㎝ほどの小型の焼夷弾を38発束ねた構造をしており、B29から投下されると仕掛けられた爆薬によって子爆弾が爆裂し、地表に降り注ぐことになります。
隅田川と荒川に挟まれた三角地、いまの江東区のほとんどの地域は木造住宅が密集しており、ほとんどの地域が焼失したとされています。

500ポンド焼夷弾がそのままの状態で発見されたということは子爆弾が散開せず地上に落下し、発火もしなかったものと思われますが、そのようなものが雨のように降ってくる空の恐ろしさは想像することもできません。

令和の時代を迎えてなお、胸の締め付けられる思いをさせられる歴史の遺構です。