カタールがOPECからの脱退を表明しました。
世界のエネルギー源が原油から再生可能エネルギーや天然ガスにシフトしつつあることに加え、サウジアラビアが主導するOPECの方針決定に異論を唱え、2017年に断交という結末を招いていたことも原因と言われています。

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OPECとはそもそも、アメリカなどの石油メジャーの価格統制に対抗するため、中東の産油国を中心に1960年にイラン・イラク・クウェート、サウジアラビア、ベネズエラの5か国によって結成され、産油国の利益を守るための意思決定とための機関として設立されました。

本来、統一した価格公示や生産調整、意思決定に背いた場合の罰則規定などもなく、カルテルとしての組織的弱点を持った機構ではありましたが、加盟国が拡大し市場の原油シェアを広げるにつれて影響力を増し、歴史上二度のオイルショックを招くまでに至りました。


もともとカタールはOPECの中でも産油シェアが2%と小さく、また一方では世界最大でのLNG(液化天然ガス)輸出国でもあり、原油市場に与える影響は目先ではそれほど大きくないとされています。

しかしながら、OPEC全体の市場シェアが40%にまで落ち込んだ現在、OPECの存在価値自体も薄れてきており、そのほかのサウジアラビアに不満を持つ小国に同様の動きが広がることも懸念されています。


サウジに、「国境に運河を掘って島国にしてやるぞ!」とまで言われるほどの小国カタールですが、我々日本人にとってはドーハの悲劇が起こった国としてなじみがあります。
あれは1993年10月28日。
もう25年も前のことなんですね。ポケベル鳴らしてたあの頃の話です。


今回のG20サミットも閉幕しましたが、共同声明からは「保護主義政策を抑制する」というような意味合いのフレーズは外されたそうです。
環太平洋経済連携協定を真っ先に脱退したあの国の動向に、世界が波打っているようにも思えます。

我々になじみのある世界秩序の形はだんだん崩れていっているようですね。
時代の流れとは言え、いったいどのように進んでいくのでしょうか。


12月に入り、師走のあわただしさを何となく感じさせるようになってきました。

今年は、年末の定番、あの歓喜の歌が日本で初演されてちょうど100周年なんだそうです。
第一次世界大戦の終わった1918年、徳島県鳴門市(当時の坂東町)のドイツ人捕虜収容所で慰問のために演奏されたのが始まりなんだとか。
時を同じくして、敗戦後のドイツ・ライプツィッヒで年末に平和を願ってこの曲を演奏するようになったのが、年末と言えばこの曲、というイメージが出来たきっかけなんだそうです。

今日は暖かい日でしたが、現場仕事も大変なことと思います。
苦労の絶えない毎日ですが、お客様に荷物を届ける喜びを共有できるよう、頑張ってまいりましょう。