日本が世界に誇る凄すぎる飛行艇、US-2。

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四方を海に囲まれた日本が脈々と培われた技術によって独自に開発された救難飛行艇 US-2。
2003年12月18日初飛行(US‐1改として)。


世界にはカナダ・ボンバルディアのCL415やロシア・ベリエフのBe200など、汎用目的で開発された飛行艇はほかにもありますが、洋上の救難任務に特化して設計されたこのUS-2は、ほかの追随を許さない、非常にハイスペックな性能を有しています。

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こちらを見ても分かる通り、飛行艇としては、
最大離着陸重量、航続距離、巡航高度、離水距離、着水距離、そして着水可能波高において世界一の性能となっています。
また、境界層制御による高揚力装置(BLC)により、時速90㎞という大型機としては信じがたい超低速で飛行することが可能です。


2013年に仙台沖1200kmで遭難した辛坊治郎さんを救出したことで有名になったこの機体ですが、救助当時の海域は風速16-18m、波高3-4mだったと言われています。


同じく新明和工業により開発されたUS-1の後継機として誕生したUS-2ですが、開発検討段階ではあのオスプレイと洋上救難機としての立場を争ったとされています。
しかし高い巡航速度と狙ったところにピンポイントで着陸できる飛行性能、そして30000ftの高空を巡行することによる長い航続距離は日本の海難救助に不可欠な要件として開発がスタートしました。


新明和工業の前身である川西航空機は二次大戦中に強風、紫電、紫電改など優れた戦闘機・水上機を開発しましたが、当時としてはやはり世界最高水準の性能を持った飛行艇、二式飛行艇を1941年に開発しています。

傑作中の傑作と言われたこの二式飛行艇、世界に唯一現存する機体は2004年まで東京・お台場の船の科学館に展示されていましたが、いまは鹿児島県の鹿屋航空基地資料館に移送され、平和な空の下、資料館を訪れる人たちを静かに見守っています。


鹿屋航空基地史料館


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