やはりこれを書かないと終わりません。
稀代の名機、ボーイング747のお話です。


1960年代初め、米軍は世界の警察として世界各国で起こる紛争地域に積極的に軍隊を派遣するようになっていきました。
そして、高まっていく紛争地域への大量・高速の軍事物資輸送の需要を受けて、米空軍は民間航空機メーカーに対し、大型で貨物搭載量が多く、巡航速度の速い次期戦略輸送機の開発を依頼しました。

ロッキード、マグダネル・ダグラス(当時はダグラス)、マーティン、ジェネラル・ダイナミクス社が参加したこのプロジェクトはCX計画と呼ばれ、各社大きな投資をして受注争いをしましたが、最終的にロッキード社の案が採用され、C-5としてこの輸送機は配備されることになりました。


開発競争に敗れたボーイング社を救ったのは、かつてボーイング707の開発を後押しし、新たなジェット旅客機の時代を作り上げた、かのファン・トリップと、彼の率いるパンアメリカン航空でした。


ボーイング社は、再びパンアメリカン航空に後押しされ、輸送機として開発された基本設計を踏襲しながら、世界で初めて旅客シートの通路が2列という、「ワイドボディ機」を完成させ、やがて来る大量輸送時代の受け口となる超大型機を完成させました。


747の誕生です。

キャプチャ


1969年に初飛行し、パンアメリカン航空の20機の発注を皮切りに、世界中の航空会社が我先にと747の導入を進めていきました。


かくして、航空機による大量輸送時代の幕開けにおいて、747は欠かすことのできない立役者として活躍することになり、その後、実に30年もの長きにわたり世界の空の主役であり続けたのです。


747には当時最先端の技術が惜しげもなく投入されていました。

慣性航法装置(INS)や4系統の独立した油圧システム、フェイルセーフ機構など、今では当たり前ですが当時としては先進的な安全思想が積極的に導入され、4基のエンジンを搭載した機体は、3基が停止しても安全に飛行を続けることができるようになっていました。

また、強力なフラップ機構により、従来の707と同等に3000m級滑走路でも離着陸を行うことができ、特別なインフラ開発を必要としないまま運用範囲を拡大することが可能でした。


本来貨物機として開発された機体は、当然のことながら貨物機としての運用性にもすぐれており、コンテナを2列並べて搭載できる胴体直径や、ノーズティルト機構を想定して2層構造のアッパーデッキに配置されたコックピットなど、貨物専用機としてのモディファイも推進されました。

また、その安全性や広い機内の快適性などから、各国の政府専用機としても採用され、特徴的な機種部分のフォルムも相まって、だれもが知る飛行機「ジャンボジェット」として一時代を築き上げたのです。


機体の老朽化と、エアバスA340や380、ボーイング777など同等のスペックを持った機体が開発されるにつれ、だんだんと世界の空から姿を消しつつある747ですが、いまでも747-8など近年開発された派生形の機体はまだ元気に世界の空を飛び回っています。


誰もが知るその名と航空史上30年も主役であり続けたジャンボジェット、やはり稀代の名機と言わざるを得ません。


2014年3月31日、羽田~那覇便を以て日本国内航空会社での運用は終了しました。
その前日、3月30日、福岡発羽田行きANA250便の離陸時の模様が動画に残されています。

空飛ぶ鉄の塊、飛行機。
しかしその塊には、開発者、乗務員、乗客、地上職員、関わる人すべての心がこもっています。

貨物地区で働く人たちの姿、そして扱われる貨物そのものを見ても、そこに空へのロマンが込められていることを感じずにはいられません。

国際物流、素晴らしい仕事ですね。